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荒くれ文学館 異色作。。。

 リクでありますが。今回の「荒くれ文学館」、チト趣が異なるとゆ~か、
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内容自体が「面白く 興味深い」それでして、いつものよに わたい如きがチャチャ入れて回るよりも、原本として、手付かずの記述を愉しむのが正しいと理解しているものですが。


ただ・・・少しダケ、「注釈」ってのを加えた方が、エエのとチャウやろか? とも考え、余計な蛇足を加えてみることにいたします はい。

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  (本日のお題) 三遊亭金馬『 昔の言葉と悪口 』

3代目の 三遊亭金馬です。本名加藤専太郎

生年月日 1894年10月25日 没年月日 1964年11月8日(70歳没)

出身地 東京府(現・東京都墨田区)

師匠 初代 三遊亭圓歌 活動期間 1913年 - 1964年

得意ネタに「孝行糖」…孝行糖 孝行糖 孝行糖の本来はぁ うるの古米に寒ざらし チャンチキチンスケテンテン♪
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     「居酒屋」…「へえい、できますものは、けんちん、おしたし、鱈昆布、あんこうのようなもの、鰤(ぶり)にお芋に酢蛸でございます、へえーい。」「じゃあその《ようなもの》一人前持ってこい!」

昭和の 20年代~30年代にかけての『ラジオ寄席』全盛時代の 当代きっての人気者にして、文化人の安藤鶴夫や久保田万太郎とも交友が深かった落語家師匠で。

同業者には辛口の 立川談志も「良い意味として 大衆的落語の最高峰」と評し、古今亭志ん朝も金馬のその口調の素晴らしさを、「志ん生、金馬とこう並べると、わたしなんか好みからいくと志ん生なんですけど(自分の実父)、本当にお手本にすべきはやはり金馬なんですね。だからたまにテープを聞いたりすると、「ああ、こういうふうにしゃべれないもんかなあ」と思いますね」と江國滋に語っている。さら「に新宿末広亭」の大旦那と呼ばれた北村銀太郎は「昭和の大物」として、文楽・志ん生と並べて金馬の名を挙げています。

この「作品」、おそらくは 金馬師匠の 問わず語りを書き起こしした短編であると思われます。

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 現在、各大学に落語研究会というものがあり、中学・高校の教科書にも江戸小咄がのっている。近頃落語の寄席へ若いお客が多くくるようになった。誠に喜ばしいことだ。ぼくは一般のお客から「落語はどういうところがお好きでおいでになりますか」とアンケートの投書をいただいた。そのなかに「昔の言葉が覚えられるから」というのが多くあった。
 われわれ商売人の若い咄家が聞いてもすでにわからなくなった言葉がある。土地の名前もわれわれはうっかり昔の町名をいって自動車の運ちゃんに聞きかえされる。
「妻恋坂」「湯島大根畑」「切り通し」。万世橋から上野までが「御成街道」。「筋違すじかい」「講武所こうぶしょ」。現万世橋が「眼鏡橋」。「御隠殿ごいんでん」「喰違くいちがい」「鉄砲洲」「お玉ヶ池」「新堀端」「大根河岸」「竹河岸」「白魚河岸」「竈へっつい河岸」。「ヤッチャ場」も「青果市場」と改名した。
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 ついうっかり「二足三文だよ」といってしまう。これも下駄の鼻緒が二足分三文で買えた時代の言葉であるから、今は通用しないがついうっかり喋ってしまう。ためしに古い咄家が高座で使っている昔のことばを調べてみた。
「俺がいおうと思っていたがお株をとられてしまった」(先にやられて)
「いかなこっても」(何がなんでも)
「権助の話は裏がかえらねえ」(二度目にやることができない)

 権助とは何ですかと聞きかえされて、作男で台所で働いている男だ。台所とは何です、勝手、といってやっとわかった。
 昔の悪口には面白いのがずいぶんある。

 今は恐妻家、女天下というが、昔は「からすの昆布巻」(かかあまかれだ)
「ずいぶん歩いたがまだよほど遠方なのかね」
「なーに、台屋のお鉢だ」(じき底、すぐ底)
 吉原の料理屋からとる飯櫃めしびつは上げ底になっていた。いちいち説明をつけると長くなるが、現代人にはぴったりこない。

「怠け者の節句働き」
 五節句といって、一年に節句と名のついた休日が五つあった。一月、三月、五月、七月、九月である。三月三日の上巳じょうみと五月五日の端午たんごは誰でも知っているが、現在休日は五月五日の子供の日だけになった。
 相撲も四股名しこなのつくまでは苗字だの入門した月日で呼びだされる。行司が、
「片や三月二日、こなた五月の四日、互いに見合ってセックマイセックマイ」
 昔、この五節句に仕事をしているような者は、不断は「引窓の紐」(くすぶってブラブラしている)といった。現在では引窓という物がなくなった。
 都内を歩き廻って見ても鯉幟のぼりなぞ少なくなった。我々子供時分は三間、五間という長さの鯉幟りと吹き流しを自慢で屋根へ上げた。真鯉という黒い鯉の下へ緋鯉を追掛け鯉として必ず上げた。
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江戸っ子は五月さつきの鯉の吹き流し
     口先ばかりで腹わたはなし
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 ・・・で、『 要するに《駄ジャレ》かよ 』ってなら・・・ズバリ!「その通り」で。

ってか、お江戸の当時って、他の世界の国と比較しても、「江戸」って名が付く地点は、今の行政区割りからすっと、北なら「本郷三丁目」東大の 通称「赤門」そのあたりまでがリミット、江戸城から 西ならば、四谷の三丁目付近まで、それ以外はひっくるめて皆【 郊外 】。
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ンな ごくごく狭小な面積のエリアに 最高で800マン人近くも 人間が住んでたってンですからアナタ、

ど~考えても、江戸以外の地方から、「寄せ集めの寄り合い所帯」だったにちげえねぇわけわけヨ。

『てやんでぇ こちとら江戸っ子でえ!』たって・・よくよく聞くなら『・・・茨城の水戸だっぺ』って、そ~ゆ~地方出身者が、多くを占めていたのに疑いようはございません はい。
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        歴史上でも類がない「各地方の坩堝」だった お江戸

そうすると・・・イチイチ『オメエ、出身ドコよ??』って、不躾には聞けませんから、掛け値なしで本物の江戸っ子として・・・

上記のような駄洒落と考えオチのクイズめいたギャグ、それをして『この洒落が判る奴は とりあえず 田舎者の野暮な人間ではなかろう』って、

「選別と警戒・自衛」の手段の1つとして、江戸っ子らによる こういった「地口 悪口」がおおいに飛び交ったと推察できるのでして ええ。
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 実にうまい表現だ。 少し意気ごんで喋ると、

「五月の空じゃあるめえし、そう大きな声をだすない」 なぞといわれる。

「竹屋の火事みたいにポンポンいうない」
 昔は子供に大きな夢を持たせるというので、正月の凧上げ、五月の鯉幟りと大空を見せたものだという。

「今夜ひと晩泊めてくれねえか」「駄目だよ、家は狭いし、蒲団が一枚しかねえんだ」
「いいよ柏餅で寝るよ」

まろび寝のわれは蒲団に柏餅
     かわいというてさすりてもなし

「北国の雷としよう」(きたなりゴロゴロ)
「百で買った馬みたいにどこでもゴロゴロ寝るなよ」
 百というと一銭だからおそらく玩具の馬のことだろう。

「蒲団が短いから足だけでるよ」「蒲団が短いのじゃねえ、お前が半鐘泥棒だからだ」
 明治時代まではどこの町内にも火の見櫓やぐらというほどでなくとも、高い梯子がかかった火事を知らせる半鐘があったもので、背丈の高い人を「半鐘泥棒」とも「京間」ともいったものだ。
 江戸時代から東京は六尺を一間としてあるが、京都だけは六尺三寸から六尺五寸を一間としてあって、俗にまのびのしたことを「寸のび」とも「京間」ともいった。

「鰻の寝床じゃあるめえし、そんな細長い寝床はない」
 入口が狭く奥行きの深いことをいう。

 子供時分、本所、深川あたりでは蛙が鳴いたものだ。遊んでいて夕方になると、
「あばよ、しばよ、金杉よ」
「蛙が鳴くからカエロ」
 なんといって友達と別れた。子供の遊びも今とは違う。今のお好み焼きは昔子供の「文字焼」。これも「モンジヤキ」といって、冬の子供の社交場で、店先へ友達が、
「おくれ」と入ってくると、なかにいる子供が、「おくれ(暮)が済んだらお正月」 といってからかった。

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その 旧いゆえに 一時期 時代から取り残され 絶滅した筈の「もんじゃ焼き」が・・・
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最新では、日本においでになります 外人観光客が『もっとも寄ってみたいFoodの店』ってんでっからわからんものでおます。。。

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「お庭の簾すだれ」で(よしにしましょう)となる。(植物の《葦(よし)》でス)

 食物の洒落だけを並べて見ると、
「甘酒屋の荷物」で、片方だけ熱い。片思いの恋

「宵越しの天ぷら」揚げっぱなし
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「そば屋の湯桶ゆとう」で、横から口をだすな

「お角力すもうの煎餅せんべい」お手上がりだ

「夏の牡丹餅」ござって(腐って)いる

「金魚のおかず」で、煮ても焼いても食えない

「しゃぶりからしの金平糖」角がとれて丸い
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「鰯いわし煮た鍋」どうもあの二人はくさい仲だ

「木挽の弁当」きにかかる

「やかんの蛸」手も足もでない

「蛸の天ぷら」あげ足をとるな

「おでん屋のはんぺん」そんなにふくれるな

「南部の鮭」で、鼻曲りだね

「お歳暮の鮭」ぶら下がっている

「水瓶へ落ちた飯粒」白くブクブクふくれている

「あいつの話は白犬の尻尾だ」おもしろいよ

「落語を聞いても伊勢屋のおつけ」で実が入らない

・・・コレはチト説明が要りますのぢゃ・・「伊勢屋」ってのはですネ、江戸の当時に実際に存在した店舗等を指したワルクチではなくて、
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          現代でなら「鈴木商店」「佐藤商店」ですわナ。。

江戸市中に多いものとして『火事 喧嘩 伊勢屋 稲荷に犬のフン』と呼ばれるほど『伊勢屋』と名乗る店舗が多かったンだって1つの証拠で、

要は、『 unknown 』、「ドコって、ンな野暮は云わねぇ 匿名ってことヨ」奉公人を多く抱えた 伊勢屋、お店(たな)で出されるおみおつけはオコも決まって 具が貧弱だって戯れ言葉です はい。


「あいつときたら煮過ぎたうどんだ」箸にも棒にもかからない

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      ぶっちゃけ…現代とあまりに遊離してね??

 ・・・しっかし、ぶっちゃけ『さすがに古過ぎる』ギャグの視点ってのが。。。

おそらくはもはや 大正時代生まれのヒトかて 上記の如くの 言い回しなどしないやろって思えますよネ うむうむ。
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なんか とんねるず の番組での『細かすぎて伝わらない物真似選手権』みてぇな気がするってか(^^;

「それ」俄かに聞いたとしても、事の真意を完全に理解するのに あまりにも時間を要して ぶっちゃけ 疲れちゃいますよネ??

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「いざりのお尻だ」すれきっている

「蝉の小便」ずうずうしい

「いくら塗っても午蒡の白和えだ」白く塗っても地が黒い

「空店の恵比寿様」一人でニコニコしている

「雨の夜の火事」ポーッとしている

「春の夕暮」くれそうでくれない

「秋の夕暮」くれぬうちからほしがある

「あひるの卵」で、やりっぱなしでかえさない

「新しい煙管きせる」つまらねえなあ

「いかけ屋の天秤」ですぎている

「石垣の蟹」穴を探す。これは競輪競馬にも使えそうだ

「忙しいせり呉服」大層背負ってるねえ

「牛と狐」こんなところへはモウコンモウコン

「牛のよだれ」だらだら長く続く

「行徳の爼まないた、浦安の爼」馬鹿ですれてる。これは夏目漱石の警句

「柄の取れた肥柄杓こえひしゃく」手のつけてがない

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ココいらの項にもなりますと、平成生まれとかの人間は 根底から理解不能ですやろって思いますわナ ええ。
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「いかけ屋」なんて商売 多分聞いたことも見たこともナイでしょうって思う。まだホームセンターとかが無かった時代、貴重な生活道具、鍋だのヤカンあのが穴が開いたなら、

その修理に登場するのが「いかけ屋」でした はい。リクめが育った地域は マジでド田舎でしたから、幼いころの記憶で 80過ぎたヨボヨボのジイさんが、定期的に町内巡回してましたが、

それでももはや 頼む家などなくなってて、家の祖父なんかは、『いかけ屋の商売も、世の中変わって 完全に時代遅れ、用無しになってるわナ さびしぃナ』って呟いてました はい。

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「おくや・け・こ」まぬけにふぬけ 「角兵衛の太鼓」万事胸にある

「火事場の纏まとい」振られ通し、振られながら熱くなる
「鍛冶屋の向槌」トンチンカンで相槌を打つ 「かけた硯すずり」することができない
「経師屋」はりにきている 「九州の入口だ」もじ(門司ネ)もじしている
「下駄屋の煤払すすはらい」はがでてる 「小娘紙袋」じき破れる
「コロップ抜き」ひねくれてる 「乞食の虱しらみ」口で殺す
「五月の桜」葉ばかりさまだ 「山桜だよ」はなよりはが先へ出ている
「材木屋の泥棒」きどってる 「桜に鶯」きが違う
「七月の槍」ぼんやりするな 「上手な易者」当てられどうし
「天神様の脇差し」そっくりかえってる 「天狗の干し物」はなへかける
「唐人のおしり」からっけつだ 「日ましの種」めがでねえ
「坊主の鉢巻」(つるつるすべって)しまりがねえ
「谷中の不作」しょうがねえ(昔は台東区谷中あたりが、生姜の本場であった)
「菜葉のこやし」掛けごえばかり(現在三河島が昔は摘菜の本場)
 まだあるが、迷子の鳳凰で、きりがない(鳳凰は桐にとまる)
 

古きをたずねて新しきを知るというが、昔の言葉を少し直すと、現在使える洒落になる。また現在使っている言葉が何年か後には古典語となる。新しい悪口に、

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        ぶっちゃけ…それには少なからず疑問が。。。

・・・しかし、果たしてそうなんだろうか??って疑問が。。。

この所謂『考えオチ』って世界は、思うのでありますが、『テレビジョン登場以前の笑いの感性』それでわにゃかろ~か?って。
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      テレビジョン登場以前の『まったした時間軸の時代』

金馬師匠が綴ります 「これら」、素直に「面白い」・・とは思う確かに。

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「缶切りのない缶詰」話の底を割る
「ヤソ教の屋根」トンガラかるな
 お使いにきた人にお小使いを、「地下鉄の切符だ」やらなくってよい(※戦前の地下鉄切符は下車時の回収無)
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「ぼくの喋っていることは十時過ぎの電車だ」押しも押されもしない

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思うのでありますが・・・人間の社会ってのは、『イヤだ!』ってイっても、次第次第に 進歩を続けるモンでっからネ、
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それに付帯して「時代性」ってのから解放されないって思うのですネ。しかし、同時に「普遍性」ってのも確かに在って。

日常の「暮らし」において、マンションに住む現代の我々と、江戸時代の 長屋暮らしの 当時の庶民との暮らし、2つを比較しても、

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        このよな部分は、日本、この先もズっと変わらないって思う

電化製品とかを抜きに考えるなら、案外と・・『たいした相違はない』とも呼べはしないか??お米炊いて サカナ食べますし、冬はコタツでヌクヌクするし。

しかしだ・・上記の「缶切りだ」「キリスト教だ」「電車だ」って、近代文明の「利器」が謳われますなら、ぶっちゃけ【 途端に 】…『なんか…ダサいやん。。』って、
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    最先端の流行ほど、のちの『笑いものの対象』になりやすいって

ンな気持ちが湧いてくるのは どぼちてだろぉ~??


>「葛西かさいの火事」くそやけ、やけくそだ …コレなんか まだまだ、ハマの港では通用するギャグでもあるんですネ ええ。
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昔は「おわい船」ってのが有って、都市部で発生する 排泄物をネ、集めては 海の 港部分でも 遠洋でもない、「絶妙のポイント」に 撒いて処理したの。

今聞くと「うげげ!」ですが、当時は それによって、東京湾の海水が 栄養的に活性化され、プランクトンの発生で、海苔の養殖や、カキやアサリって、貝類のウマいのが獲れたわけわけ。

ほんで、その 汲み取り作業に従事する人間、浦安近辺のヒトが多かったせいで『葛西(かさい)衆』って呼んでた。「ウン●屋」って呼ぶより「葛西衆」の方が粋じゃん♪


三遊亭金馬は 大衆的な新作落語が とても上手だったって識者は書き残してますが、でもやっぱ・・「近代」を 取り扱う新作落語は、その賞味期限は思いのほか「短命」なんだと思うのですネ。

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          『笑い=落語』が基軸だった時代…

たぶん、この短編を描いた当時には、「世のお笑い」ってのが、落語を基軸に、ズっと先の世でも、そのラインは不動だろうって、金馬師匠は考えていたフシも感じられますが・・・

あに図らず・・・かつて TVでも落語家が占めていた席、今 その座には「よしもと」を軸とした お笑い芸人が席巻してるにおは 言うまでもない現実。
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サンシャイン池崎にせよ アキラ100%にせよ、かれらの「芸(いちお~:笑)」落語として比較スライドするならば・・・「登場して いきなり!最後のオチ、《落とし》」それをTVっていう視覚メディアで 瞬間芸としてブチかましてるんだと。

正統古典落語の観点からすれば、邪道も邪道「超邪道」ですよネ? でも、廃れるスピードも速い分、現代の暮らしにマッチした「わかりやすさ」も確かに在る。。。

「今の お笑いの風潮・方向性」が、良いのか??・・・って、事については、文化芸能の論議で、とてもココのよな場で語れません。

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だけんど・・・マジなハナシとして…『ご隠居いるかい?』『おや 八っつぁん お入りよ』ってナ、やり取りなんてのは、もはやドコ探しても 無いのでありまして。。。

今回取り上げた『昔の言葉と悪口』ってのは、《もはや無くなった過去の世界》=《落語の高座でのみ語られる その世界 限定での符丁》それになっているのだと思うのですネ。
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       『サザエさん』が、今は無き昭和の家庭像なように


『けっこ~毛だらけ 猫灰だらけ♪』ご存知 寅さん、「男はつらいよ」主人公 車寅次郎 劇中で「タンカ売」その口上は まさに今回の「それ」に合致しますが、

でも、以前 ビートたけしサンが、寅さん映画を評論して、わたいも それ読んでハっとした経験アルのでおますが・・・

曰く…『寅さん映画ってのは、要は すべてが《幻想の産物》なんだ。現代の日本であんな、テキ屋稼業であちこちをフラフラ生きてる人間など1人も居ない。滅びた階層なんだ。で、あの寅さんを取り巻く《下町》ってのも幻想・・あんな映画で描かれた下町なんてドコにも無い、本物の下町ってのは、もっともっと 悲惨で皆ギスギスして 毎日生きてるんだ。あの映画は監督の山田洋次が描いた 存在しない《メルヘン》の映像化なんだよな』と。。。
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         寅さん映画とは【幻想】の産物だったのだと。。。

せつない気分になりますが、おおいに当たっていると思う。。生活様式は 江戸時代と この平成ではそんなにも変わっていなくても・・・

でも、「文化」ってなるなら、かつて落語に描かれた風俗・社会はドコにも無い。それを今 追及したところで三文の価値も無く。

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     この連中の「覚悟の無い軽薄さ」が嫌れぇでスた…

わたいも、大学の頃 落研…落語研究会の連中が、サークル内での会話で『てへへ♪兄さん オツでゲスね♪』なんてイってるの聞いて『バカじゃなかろかコイツら??』って思ったッス。《時計の針を巻き戻したところで再び過去になどなるか!》過ぎ去った過去に幻想を抱いてばっかってのは、ンなのは「若い年寄り」でしかないス。《今》を生きれないまま アって間に一生終わっちまうゼ??


この三遊亭金馬師匠の全文を眺めても、2つ3つはニヤリと出来るのですが、ぶっちゃけ お世辞にも 抱腹絶倒とはいかない・・・なんせが「時代遅れ」それに尽きますから。。。

ただ・・矛盾するようですけども、こういった まったりした ひと時代以前の笑いの記録も『記憶していくべきだ』とも思うのですネ ええ。

現代生活の上で もはや 用無しとなった「それら」でも、今後で「一周回った」思わぬ面白さ、それが再評価をされないとも限らないと・・でもそれは主張するのではなく、後世のヒトらに委ねるしかない。。。
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        そ~でないと、能狂言・文楽も保存する意味が無くなる…

 ・・まことにもってナマイキですが・・・当世きっての名人 三遊亭金馬「ですらも」・・・

この「時代性による 1つの流行の《終焉》」それについては、ご自身が標榜するラインを過信していたとゆ~・・・
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  ひとつの『シッパイの記録』その きわめて皮肉な意味での、作品でわにゃかろ~か? と。。。

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        世の流行虚ろい易く、評論いたし難きでおます~


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現代文化論で

 やはり リクさんは、だてに大学で教えてるのではないなあ って思わせる教養あっての文章でした♪

それぞれの時代で なにが流行るか?というのは とってもむつかしいですよね。
あっという間って感じで 潮の流れみたいなのが変わっちゃいますしね、いったんは廃れたと思えたもののリバイバルもあったり。

旧い「落語」とか聴きますと、さすがにギャグは「旧いなあ」って思うけど、ホっとしたりもします。

「話芸」という点でなら、昔の名人のスキルはすごかったのは こんなワタシでも理解出来ます。
サザエさんでも、その 可笑しさの原点は 落語のトーンだって ちょくちょく感じたりも。

No title

男はつらいよ あの映画が 創った監督の幻想なんだって評論は 思わず「えええっ!?」って唸っちゃいました。

でも、そういえばそうだ・・・とも思えて。葛飾の柴又にはじめて行った時に感じた「帝釈天門前以外えは あまり寅さん的な雰囲気ないなあ」って。
神田生まれで 徳川家光の時代から代々の江戸っ子の職場の先輩からいわせますに、「葛飾柴又あそこは下町ですらない 東京都の片田舎 下町と名乗って欲しくない!」っと。
それで「神田も下町じゃない。神田こそが《お江戸》なんだ!いっしょくたにするない!」ってすぐ怒るw
昔の時代 江戸っ子の「粋」と「野暮を嫌う」って それ、都会の者か 田舎者かをチェックするふるい分け。
粋な言い回しも多そうですが、ちょっと差別的 排他的でもあるなあと。。。

「通の物」になっちゃってる落語

>「竹屋の火事みたいにポンポンいうない」
っていうのは、遠い親戚で職人のおじさんが生前 口に出してましたねえ 残念ながら江戸っ子とはかけ離れた 地方の人間でしたが(笑)
「フグじゃあるまいに、そんなふくれた顔してんじゃないよ!」って おふくろにも叱られた記憶あるなあ。
思えば「その程度のシャレとギャグで」無邪気に笑うことができてた なんとも のんびりした時代だったって証拠かな?

リクさんがお嘆きのように(?)今のTV番組 とくにバラエティー枠では 落語家って全然みませんね。
志の輔 志らく 笑点メンバー 三平とか見かけるぐらいで。
思うけども落語そのものが、世の中でカルトになってると思う。昔の名人は残されてます音源でよく知ってるけど、
正直、今の落語家の殆ど 出されても「誰?」って てんで判らない。立川流とか、ホールでの独演会のチケットは即日完売だし、
新宿末広亭や 上野の鈴本 お客は入ってますが、世の中全体に対する 拡がりがないですよねえ。。。

落語も不動の座ではないという

我々が酒席で よく議論する内容ですよね「落語その価値は不変か?」って事柄。

関西出身のリクさんは、 桂 米朝がフェイバリットで、関東の僕は 5代目 春風亭柳朝(小朝の師匠です 故人) 彼こそが真の江戸っ子噺家であると。
でもてめえで笑うのは、僕らどっちも、京都でも最北の片田舎・・・こっちは戸塚の僻地の出って(笑)
案外 こういった出身地コンプレックスを抱く人間が、近親憎悪で 同じような「田舎者」を嫌うのかもね。西も東も、もとからの 都会っ子なら気にもしないだろ。

しかし…落語はこの先の社会で、どのよな地位を築いていけるのだろうかねえ??
サンシャインさんのコメントにあるように、「売れっ子の」落語家は確かに超多忙で、僕も行きたいと思ってます 三遊亭白鳥のチケット 全然ゲット出来ません。
でもさぁ・・これって、社会全体の人気で捉えるならば、『地下アイドルを取り巻く人気ぶり』それと変わらないって思うんだよね。
知ってる人 好きな人は熱狂的に追っかけるけど、知らない人は1ミリも興味ないっていう。単なる「着物姿でしゃべる人」って程度の認知。

ただ 金馬の価値ってのは、もっと評価されてしかるべきだとも思う。
立川流の あの、落語芸術の追求ってのも有ってしかりですが、日本人全員「どんな人であろうと」わかりやすく素直におかしいと思える入門編 大衆落語それでの大名人えあった金馬は偉大なんだと。

なんといいますか・・・

 リクさんが嫌っておられる(??)その!「落研」に…いっとき所属してました(笑)(笑)
生来のコミュ障を ちょっとでもなんとか出来ないか?っと目論んで。

今でも「芝浜」は全体なぞらえるのですが・・・自分の落語、テープで聴き返すなら、2年間引き籠りたくなります(笑)
なにかが・・・決定的に「違う!」のですよねぇ。。。学生の落研、それなりに達者な話し手はいるのですけど、
落語という話芸で 生活しているプロの語る 噺とでは。

※ その所属していた落研ですが、紅一点のマドンナだった副部長と、落研の部長とがコッソリ「出来てた」ってのがバレちゃって(^^;
「ふざけんな!!」って、内部分裂が発生し・・・あえなく空中分解、サークルは「廃部」って なさけない「オチ」に相成りました(笑)

金馬ですかぁ♪

なんとも懐かしいというか・・もちろんの事、リアルえ観た経験などないのですがね。金馬3代目。

70年代の終わりごろ、小生の通っていた高校で、生徒全員での「文化鑑賞イベント」があって、
落語の大トリとして、今も存命の 4代目の金馬さんが出たのですが。。。

正直・・全然面白くも無くて・・でも考えれば、マンモス校だったから、2千人のホールの高校生相手にして、
クスっとも笑わないって状況で・・話し続けた金馬さんの気持ちたるや、これは相当にキツかったであろうと(^^;
で、家にありました父親所蔵の 落語大全集のレコードの中に、「居酒屋」を発見し聴いたなら、腹抱えてゲラゲラ笑っての憶えてます♪
名人であると同時に 語り上手まさにそれであったと。それが「文」として遺っていたのですねえ♪

落語の面白さは、寅さんや、サザエさんのような、普遍的な日常生活の中にある勘違い、理想を求めもがく姿、等々を語る一人芝居と思っています。

ラジオからテレビの時代、噺家一人当たりの持ち時間が短くなり、数日かけて、話すことも出来ず、話を端折ったり、前半、あるいは後半だけしかやらなかったり。前座話しと呼ばれる演目ばかり取り上げられたり。短くなった話の中で、受ける為に無理なギャグ(くすぐり)入れたり。

「芝浜」も長い話ですが。
トラ子さんは、全編さらえるとの事。それだけでも大したものと思います。
トラ子さんに対して、上からものを言うようで失礼します。
トラ子さんが「自分の話し方が違うと感じた。」と言うことは、落語家の演じ方をきちんと聴いていたからと思います。
だらしない亭主が、段々に変わっていく様、亭主に大金を諦めさせる女房、そして終盤での告白(談志のソレは、ちょっとワザとらしいですが)。それぞれの人、性格の変化を語り口で表す為には、やはり稽古あるのみかと。なかなかそこまで行かないのが、「落研」の悲しさ。

「藪入り」「子別れ」などは、ほとんど後半部分しかやりません。
落語を活字にした落語集でも「藪入り」の前半部分が載ってない。

悪さばかりする子供を叱る、母(後妻であるが、継子苛めでは無い。)。
「母ちゃんに苛められる。」と父親に嘘をつく子、その子を甘やかす父親。その子の将来が心配だとお節介を焼く人。
これらをすっ飛ばしてしまうから、奉公先から数年振りに帰宅した子供の挨拶に涙し、財布から出てきた金に「奴!まがったままか!」と激怒。父親の滑稽さばかりが強調されてしまう。
この話の落ちも、昔は、嫌らしいものだった。と聞いてます。
でも、代を重ねるうちに、今の形になったそうです。誰も元に戻そうとはしない。テレビの良い効果とも言えなくも無い。

与太郎や頼りない若旦那をなんとか一丁前にしようと奔走する周りの人々。
身投げしようとする若者に、大金を渡してしまう職人。

そんな話の中に、前座話しが入ってくると、肩のこらない話として楽しめる。

小学校の教科書に「寿限無」が乗ったとか。「寿限無寿限無、五劫の擦り切れ…」この下りがウケるのか?今は、良いよ。でもいつか気づいてくれ。
子供の無事な成長を願い、親バカ丸出しで無茶をする。この心情は如何に。

古典落語に出てくる道具立ては、亡んでしまったかもしれませんが、登場人物の心の有り様は、今も昔も変わらない。と信じてます。

Re: ちゃー子さんへ

ちゃー子さん いつもありがとうございます♪

> だてに大学で教えてるのではないなあ って

社命でイヤイヤやってます、問題発言連発の(意図的だって噂も)(^^;セコ講師でしかございませんから。
いつまで・・・やらにゃいかんのかなぁ?・・・同じガッコでも 大学はとかく 春先が忙しくてたまらんのでござりますだお。。。

> それぞれの時代で なにが流行るか?というのは とってもむつかしいですよね。
> あっという間って感じで 潮の流れみたいなのが変わっちゃいますしね、いったんは廃れたと思えたもののリバイバルもあったり。

芸能とかの世界で「こわいなあ」って、そう思うのは、どんだけか世の中の寵児って 人気者でも、
不慮の事故や病気 あるいはスキャンダルで『消えても』。。。ホント、アっという間に その席は埋められちゃって、
何事もなかったかのように、アッチ世界は動き続ける(面白味は欠けてても)のですよねえ。
これって まさに「砂上の楼閣」とは いえますまいか??

> 「話芸」という点でなら、昔の名人のスキルはすごかったのは こんなワタシでも理解出来ます。
> サザエさんでも、その 可笑しさの原点は 落語のトーンだって ちょくちょく感じたりも。

やっぱ「日頃の練習」かつて東京だけでも 最盛期は100軒近い「寄席」があったそうで、
音楽シーンで例えるなら ライブハウスですよね。どんだけかの大名人でも 日に何軒も掛け持ちしながら、
数人から 何百人ものお客の前で 自分の話芸を磨いていたって、それの積み重ね 繰り返される「稽古」で培われた話芸のスキルってのは、
今それをやれったって、環境そのものが あまりに違い過ぎますし、天才なんて そうそう出るものではありませんしねー ええ。

Re: タキさんへ

 タキさん いつもありがとうございます♪

> 男はつらいよ あの映画が 創った監督の幻想なんだって評論は 思わず「えええっ!?」って

まぁ それってのもイチ意見でしかありませんので(^^; 真実はどぉなんえショねぇ??
ただ・・昔の時代から 今でも…とかく「下町」って地域はどこだって、
圧倒的に 他の地域に比べて、「貧困率と自殺率」それが高いエリアなんですな~ うむうむ。。。
一種の「都会病」ともいえます はい。都会に出ればどうにか…って、根拠の薄い「甘い了見」抱いて都会の下町に居つく人間って、
その行動がすべて 吉と出るとはけっしていえない、都会ってのは そんな、他国者の絶望をエサとしている すごく残酷な側面があります はい。

>「葛飾柴又あそこは下町ですらない 東京都の片田舎 下町と名乗って欲しくない!」っと。
> それで「神田も下町じゃない。神田こそが《お江戸》なんだ!いっしょくたにするない!」ってすぐ怒るw

その先輩の方はおそらく、神田の明神坂下あたりのご出身だと推察します。神田明神祭りの氏子だってヒトには、そういう概念持ってはる方が多いようです ええ。
でもねぇ・・「江戸っ子でぇ!」って威張ってルけんども・・ぶっちゃけ、神田っ子ってのは、それこそ 徳川家康~家光の時代に、
三河あたりから 移り住んできた「中京人」なんだお。江戸っ子って呼称自体が まさしく『全国寄せ集めの総称』だって事実。

Re: サンシャインさんへ

 サンシャインさん いつもありがとうございます♪

> 思えば「その程度のシャレとギャグで」無邪気に笑うことができてた なんとも のんびりした時代だったって証拠かな?

落語の世界の主要人物の中に「与太郎」って居ますが、いうなればチョっくら知恵遅れで、でもそれほどの邪魔にもならない人物。
その与太郎が、「バカ!ナニやってんだよ!」って、ツッコまれながらも、決定的なボロも出さず「なんとかやってける状況」
根底には「オメエひとりぐらいバカが町内に居ても構わんヨ♪」って、みんな貧しい中にも そういったココロの余裕とゆ~か、のりしろ が今より大きかったのですよね。

> リクさんがお嘆きのように(?)今のTV番組 とくにバラエティー枠では 落語家って全然みませんね。
> 志の輔 志らく 笑点メンバー 三平とか見かけるぐらいで。
> 思うけども落語そのものが、世の中でカルトになってると思う。

はいはい それは否定できない冷徹な事実だと思いますよね。
この世の流れで 仕方ないともいえるのですが、『暇だし 寄席にでも行くかぁ』って、日々の暮らしでそういった習慣、
まずもって「それ」が完全に滅んでいるのが 次第次第に落語が、世の流れから遊離している原因なのかも。
わたくしなんぞも、マジで忙しい局面ですと 平気で一週間ぐらいTV観ませんしネ。
今の時代TVは 完全に 求めて観るってものから、「にぎやかし」ってなってる気が。
観る側も 提供される電波の内容には さしたる期待してないって。こわいですよね この傾向って。。。

> 正直、今の落語家の殆ど 出されても「誰?」って てんで判らない。立川流とか、ホールでの独演会のチケットは即日完売だし、
> 新宿末広亭や 上野の鈴本 お客は入ってますが、世の中全体に対する 拡がりがないですよねえ。。。

イチバンの問題は・・・ぶっちゃけ「ギャラのランク」ですのだ うむうむ。。。
あのネ、ヘタなアイドルやら、イロモノの漫才やトリオなんかより、日本におけます芸能の週間の継続で、噺家はギャラ高い部類なのネ。
「落語家さん」って名が付くなら、1日縛りでの営業仕事、だいたい10マンぐらい頂けるってンな環境なんですワ ええ。
ンだから、ホント「誰?」って、知名度も無い真打でも、週に1回サイクルの「営業で」一家4人暮らし 楽チンで暮らせてしまうって事実。。
ぶっちゃけ 羨ましい環境もいえますが(^^; でも・・・所詮は「ぬるま湯」だよねぇ。。。
週にイッペン働いてヌクヌク暮らせりゃイイやぁ♪って、噺家の意識がそのていたらくのうちは、今の落語会が再び 黄金の輝きを取り戻すのは やっぱムリなんじゃネ??

Re: 八百政どんへ

> しかし…落語はこの先の社会で、どのよな地位を築いていけるのだろうかねえ??

東西のドッチとも、望みたくないけんどヨ、真綿でクビ閉められるように 段々と衰退、世の中の前線からフェイドアウトしてくんぢゃネ?
以外に知られてないけど、関西落語は一時期 完全崩壊の危機に瀕していたのだ うむうむ。松鶴死亡後の時期ネ。
なんせが関西では 関東と逆転で、噺家こそがイロモノやからねえ。。上方で落語家で食ってくのはマジ キツいんだお。

> 僕も行きたいと思ってます 三遊亭白鳥のチケット 全然ゲット出来ません。

ホール落語は 景気よろしぃ~わナ?ヨコハマにぎわい座 にゃあ お客入らへんけど・・歌丸まだ死なねぇのか? いひいひ♪

> 知ってる人 好きな人は熱狂的に追っかけるけど、知らない人は1ミリも興味ないっていう。単なる「着物姿でしゃべる人」って程度の認知。

そこに「面白い」って要素がすっぽ抜けてるところに問題点が転がってるンだワ うん。。。

> ただ 金馬の価値ってのは、もっと評価されてしかるべきだとも思う。
> 立川流の あの、落語芸術の追求ってのも有ってしかりですが、

ホント、全部が全部…立川流に あえてゆ~けど『汚染』されちゃあ いよいよ落語の崩壊は現実となるでぇ。。。
立川流は いわば「原理主義」・・当人らは 落語の王道・源流を追求してるツモリやけどサ、
かれらが 認める許容の範囲とスケールってのは、マジですっげぇ狭いやん?ワシも高校の頃にハマった プロレスの「UWF]にホント似てる うむうむ。
ああいう狭小なイデオロギーは、己らの技量を磨くってより、とにかく!『他を否定して回る』って、それが終いにゃ目的になってまうのヤ うむうむ。

Re: トラ子ちゃまへ

 トラ子ちゃま いつもありがとうございます♪

>  リクさんが嫌っておられる(??)その!「落研」に…いっとき所属してました(笑)(笑)
> 生来のコミュ障を ちょっとでもなんとか出来ないか?っと目論んで。

あ?ごみんネ(^^;蛇蝎の如く嫌いだって訳ではござんせんのだお。
落語好きで集まってるかれらがってンじゃなく、あの…独特の「落研ノリ」ってのがスキくないだけで(^^;

> 今でも「芝浜」は全体なぞらえるのですが

ナチュラルにスゴいやん♪♪ わたいなんざ、「初天神」なぞってるうちに・・・いつの間にか「粗忽長屋」になってルって、ひでぇ ていたらくで(^^;
「芝浜」も、あの噺は 演者によって 別物とも呼べるテイストになりますよネ?
アツシさんもふれてましたように、談志師匠は 女房の告白と、それ聞いた 亭主の魚勝の憤り、夫婦のやりとりって、触れられる事がなかった「生々しい部分」を工夫として取り入れたのですが。
わたい個人の意見でしかありませんが、談志版よりも・・・弟子の 志の輔ヴァージョンの方が、この改作部分がサラリとしていて好ましいような。。。(なにより 女房の描き方が可愛い♪)
昭和名人だと やはりお手本になるのは 桂三木助ですかネ? リクめ個人としては 古今亭志ん朝師匠が演じるテイストがスキなんですけどネ♪

Re: 長生きの秘訣さんへ

 長生きの秘訣さん いつもありがとうございます♪

> 落語の大トリとして、今も存命の 4代目の金馬さんが出たのですが。。。

八十八歳えすってネ 現・金馬師匠は。
なんか…可哀想だとも思えます 今の金馬さんも。
大名跡継いだ者が通るべき苦労ってゆ~か、談志サンなんぞも、『あのセコ金馬がヨぉ~!』って、徹底してバカにしてましたからネ うむうむ。
でも、あの感じのダミ声と カオくっしゃくしゃにして笑う、あのテイストは、落語家に「向いている」ってわたくし思うのですよん はい♪

> で、家にありました父親所蔵の 落語大全集のレコードの中に、「居酒屋」を発見し聴いたなら、腹抱えてゲラゲラ笑っての憶えてます♪

居酒屋聴きなおすと、案外と3代目金馬師匠の声とクチぶりって、荒くれテイストが満載、街場の怖いめのオジサンって感じなのに驚きます はい。
昔はいたですよねぇ・・・近寄ると怖いんだけど、なんか独特の 面白味を感じられて、叱られるの承知で近くに居たくなるってオヤジが♪

Re: アツシさんへ

 アツシさん いつもありがとうございます♪

> 落語の面白さは、寅さんや、サザエさんのような、普遍的な日常生活の中にある勘違い、理想を求めもがく姿、等々を語る一人芝居と思っています。
> ラジオからテレビの時代、噺家一人当たりの持ち時間が短くなり、数日かけて、話すことも出来ず、話を端折ったり、前半、あるいは後半だけしかやらなかったり。前座話しと呼ばれる演目ばかり取り上げられたり。短くなった話の中で、受ける為に無理なギャグ(くすぐり)入れたり。

ま~土台の問題ってゆ~か…古典落語の噺を「放送オンエアSIZE」に合わせるってのが ご無体なんですわナ ええ。
でも「ぶった斬り」って噺も 意外とコレが効果的な面白味があったりもします。わたいがスキなのは 志ん朝師匠が晩年語った「寝床」で。
後半なんかスッ飛ばしもイイとこ!
曰く『可哀想なのは先代の番頭さんだ。。。ダレも旦那の義太夫怖ろしがって聞かないモンだから、可哀想に番頭さん、旦那のトイメンで語られ・・・ジっと・・ガマンかさねたが、遂に耐えられなくなり、《ご勘弁を~っっ!!》ってその場から走り逃げ去り!《そ~はさせるか!》って、後ろから旦那が追いかけ、番頭 土蔵に逃げ込み鍵をかけ ひと安心(^^♪・・と思えば 甘かった。。。土蔵の天井近くの窓から、旦那が梯子に上り窓から義太夫をガンガン!に吹きこむって・・世の中にこれほどの地獄はありますかいって!?。それからだ!!あの番頭さんが共産党に入ったのは!!』それでチョン(笑)
『そこはアタシの寝床でございます』ってオチよりも、この滑稽噺をラジカルなテイストにしてます はい♪


> 「藪入り」「子別れ」などは、ほとんど後半部分しかやりません。
> 落語を活字にした落語集でも「藪入り」の前半部分が載ってない。


 https://www.youtube.com/watch?v=odXI1lj9C7s

 ↑は、金原亭馬生師匠の「お富与三郎」要は 歌舞伎の源氏店で有名な あの噺なんですが、コレってのもマジで長いよぉ~~!!
リンクは「壱」でして、4までありますのだ。。端折らず演じるなら軽く 2時間越えだ @@;
陰惨さがチト感じられる噺ですが、聴いてますと意外に面白いでス はい。
以外のもコレが、元の物語は 落語や講談が基軸で、歌舞伎の方が「さわりのみ描いてるダケ」ってのが判ったりして ええ。
歌舞伎だと子分って設定の「蝙蝠安」が、ジツは与三郎をシメる側の 怖い兄貴分だったってのも判って。


> 与太郎や頼りない若旦那をなんとか一丁前にしようと奔走する周りの人々。

「唐茄子屋政談」と「孝行糖」かしらん?

> 身投げしようとする若者に、大金を渡してしまう職人。

コレは!「文七元結」ですナ♪

> そんな話の中に、前座話しが入ってくると、肩のこらない話として楽しめる。

わたくし個人的には やっぱ、桂 米朝師匠の「七度狐」がフェイバリットなんですけどネ♪

> 小学校の教科書に「寿限無」が乗ったとか。「寿限無寿限無、五劫の擦り切れ…」この下りがウケるのか?今は、良いよ。でもいつか気づいてくれ。
> 子供の無事な成長を願い、親バカ丸出しで無茶をする。この心情は如何に。

いやぁ…日教組のエセインテリ連中に 落語を扱わせてはあきまへんえすよん うむうむ(--;
なんてって 連中には「リスペクト」が無い・・・。寿限無は、ロックンロールで例えるなら、C・F・G7の単純な3コードなのですがネ・・・
だけんど、その反復的練習によって やがては超絶技巧の曲も弾けるようになる!「ジョニーBグッド」をナメちゃいけない!

> 古典落語に出てくる道具立ては、亡んでしまったかもしれませんが、登場人物の心の有り様は、今も昔も変わらない。と信じてます。

『日本人は大丈夫』そう 思いたい、わたくしもその一人でございます はい♪
プロフィール

港のリク

Author:港のリク
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港で働く ジツはとっても気の荒い(?)アンちゃん・・・ですが、産まれついてのホルモン分解異常の関係で♂なのにEカップの胸の持ち主 という混沌としているわたしです。

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